~DanceとSakeを愛する者のメモ~      Dance studio R
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ああ、懐かしの。スティーヴ・パクストンemoji

かれこれ、遡ること十数年前・・・コンテンポラリーダンスに嵌るきっかけのひとつとなった
以下、一冊の本。

The Drama Review, Vol.19, No.1, “Contact Improvisation”, Steve Paxton, MIT Press, 1975
『コンタクト・インプロヴィゼーション 交感する身体』, シンシア・J・ノヴァック(立木あき子、菊池淳子訳), フィルムアート社, 2000(原書1990)

振付家でダンサーのスティーヴ・パクストンが始めた、重力を意識しつつパートナーと身体の接触を続けるデュエット形式が中心の即興パフォーマンス。コンテンポラリー・ダンスの主要な要素と考えられており、また合気道から影響を受けていたこともあり、武道やスポーツとの関係からダンスの可能性を考える際にしばしば参照されてきた。1972年の《マグネシウム》がその原点的作品とみなされているが、63年にトリシャ・ブラウンと踊った《ライト・フォール》はその発想において最初のコンタクト・インプロヴィゼーションの事例と考えられる。最初はオフバランスになって体を倒す「フォール」や立った状態でわずかに体を揺らし動かす「スタンド」が特徴的な動作だったが、次第に転がる動作「ロール」なども試みられ、それらの動作以外も含めたさまざまな可能性が探求された。コンタクト・インプロヴィゼーションの実践は音楽のセッションに倣って「ジャム」と呼ばれ、プロとアマチュアあるいは巧拙の区別を設けることなくジャムを行なう平等主義が重視された。75年頃には流行の兆しを見せたが、その一方で、コンタクト・インプロヴィゼーションはパクストンの手を離れ、彼の意思とは相容れない傾向が現われた。パクストンは、コンタクト・インプロヴィゼーションに対する象徴主義的、精神主義的あるいは神秘主義的な解釈を俗流として退け、接触とバランスから生じる内的な感覚へ意識を集中することを訴えた。
著者: 木村覚

その後、あれやこれやemojiで、すっかり意識の外に

〜久しぶりに、お名前を発見して
自分の原点なるものを再発見した〜

本は、既にぼろぼろのぶにょぶにょemoji残念なことに、飲み食べこぼし


(c) Jordi Bove
スティーヴ・パクストン
 ダンサー/振付家。1939年アメリカ、アリゾナ州フェニックス生まれ。現在はヴァーモント州に住み、有機農業を営みながら、アメリカとヨーロッパを中心にダンスと振付の創作活動、講義、公演を行っている。マーサ・グレアムと ホセ・リモンから現代舞踊を学んだ後、バレエ、合気道、ヨガ、太極拳、ヴィパッサナー瞑想などを修得。1961−65年、マース・カニングハム舞踊団のダンサーとして世界各地で公演。60年代ジャドソン・ダンス・シアター、70年代グランド・ユニオン、80年代タッチダウン・ダンス(視覚障害者のためのダンス=英国)の創始メンバーとして活躍。1972年、ニューヨークでコンタクト・インプロヴィゼーション(C.I.)を発表。1987年と1999 年にニューヨークのベッシー賞(ダンス&パフォーマンス部門)受賞。近年では、ミハエル・バリシニコフ、トリシャ・ブラウン、リサ・ネルソン等とコラボレーションを発表。1986年以降、C.I.をベースにした 「Material for the Spine」を新たなメソッドとして展開し、2008年には、ベルギーContredanseより「Material for the Spine」、「a movement study」「Steve Paxton(DVD-ROM)」を出版。C.I.を手がけてから現在に至る約40年間、文化としてのダンスの創作と、即興の“実相”の探究を続けている。

2つの展覧会で見えてくる
<アート + メディア + 身体表現>の新たな次元。

スティーヴ・パクストン
「Phantom Exhibition~emoji背骨のためのマテリアル」
インタビューより

「Material for the Spine(背骨のためのマテリアル)」ですが、あなたにとって背骨とは何ですか?
普通は全然意識しませんが、ケガをすると背骨なしに動けないことに気づかされます。私は何度か背骨にケガをしたことがあり、とっても痛かったのを覚えています。そのときは車いすで生活していました。
つまり、人間の動きの中心にあるもの。それが背骨なのです。背骨はスペイン語でコラムと言いますが、“コラム(円柱)”が私にとっての「背骨」を説明するのにより近い言葉だと思います。
ダンスとほとんどのスポーツは腕や足、肩など体の外側の部位に注目します。しかし、C.I.は背骨を中心に考えます。C.I.の中で使っていた背骨の使い方を分析して、それをもとにC.I.のためのエクササイズを作り始めました。そして、背骨のことだけ考える数週間のワークショップを考えました。
体の色々な部位がどのように繋がっているのかということは興味深いです。そして、その部位同士の要となるのが背骨なのです。体のいろんな部位がどのように繋がっているのかというのは興味深いですし、その共同を支えているのが背骨なのです。


"Material for the Spine" photo: Contredanse (Florence Corin and Baptiste Andrien)


ダンスにおいては、通常、筋肉について注目するのではないかと思いますが、なぜ、筋肉よりも
骨格に関心を持っているのですか?

すでに多くの人が筋肉については考察しています。僕がずっとダンスをしてきた経験から言うと、いくつか背骨に注目したダンステクニックはありますが、背骨だけのものはない。どのようなパターンでフロアを動くか、ステップが正しいかに気をとられて、とてもじゃないけれども背骨を考えるまで頭が回らないのです。
よって、背骨についてじっくりと考える時間が必要だと考えています。一度学んで背骨を意識すれば、それを忘れることはないです。長期間にわたって背骨のこと学びたければ、ヨガや太極拳をやるとよいでしょう。でも、イントロダクションとして、「Material for the Spine(背骨のためのマテリアル)」のワークショップは有効だと思います。

子供のころからそのようなことを考えていたのですか?
全く考えていませんでした(笑)。あるとき、ダンスをやり始めて面白かったんです。色々とあって、結局ダンサーになりました。僕なりのダンスの考え方を「Material for the Spine」としてまとめたのが1986年です。
 
なぜ、ダンスを教えるということに興味を持ち始めたのですか?
それは、一般の人々がダンスを必要としているからです。ダンスは、体を意識する唯一の手段であり、柔軟な表現形態だと考えています。自分の可能性を広げることになる。ダンスというのは生きた表現形態です。
あるエピソードを紹介しましょう。台湾で早起きしたある朝、丘の上のお寺に行きました。するとそこでは人々が太極拳をやっていました。寺からすこし離れていたところに男女30人ほど集まっていて、彼らはサンバを踊っていました。男女のパートナーになって踊っていましたが重苦しい雰囲気はなく、朝のエクササイズとして爽やかに踊っていました。太極拳がそうであるように、これは一種のセラピーではないかと考えました。太極拳は一人でするものですが、社交ダンスは違います。人のぬくもりを感じて一日を始めるのはすばらしいことだと思います。友達に会ってコミュニケーションし、いい気持ちで一日を始める。それがダンスというものではないでしょうか。ダンスは神経を覚醒させます。例えば、テレビでヒップホップダンサーが踊っているのを見ると、自分の中の神経が反応しているのを感じます。マーシャルアーツやダンスは体の可能性を多様に引き出してくれるのです。

では、あなたはダンスというのは楽しいものであるべきと考えていますか? ダンスとはどういうものですか?
いいえ。もちろん、時々楽しいものにすることはできます。ダンスにおいて、体の発達と言語は体の動きの中にあると考えています。身体能力を発達させていき、可能性を広げていくには、実際に動いてみないとわからないのです。
人間の骨格は22歳までに完成します。しかし、私のダンサーとしてのベストな時期は50代でした。22歳から約30年の時間が、自分の身体能力の発達のために必要だったのです。若い頃はもっとエネルギーに溢れていましたが、バランスや洗練というのは50代が最高潮でした。全部で2時間で構成された作品のいくつかのパートを演じ、そのうちの一つが45分間のソロパートがある作品だったこともありました。ほとんどの50代のダンサーはこんなことはしません。しかし、なぜ私ができたのか、それは身体能力の発達に他なりません。

何がもっともあなたに影響を与えていますか?
他のダンサーたちです。自分が出会った順に時系列に並べていくと、フレッド・アステア、最初に見たバレエのバレリーナ、カニングハム舞踊団、シモーヌ・フォルティ、リサ・ネルソンからは新しいダンスを発明する美しさを教えられました。


ダンスや農作業以外に興味があることは何ですか?
脳科学、環境問題、芸術(絵画、彫刻、パフォーマンスなど)に興味があります。


具体的に興味がある人の名前をあげてくれますか?
環境学者のデイビッド鈴木、スペインの裁判官バルタザール・ガルゾン、国連人権高等弁務官のルイーズ・アルブール、国連事務総長アフリカ・エイズ問題特使のスティーブン・ルイスなどです。


あなたの作品には多くの即興がでてきますが、即興についてどうお考えですか?
人生そのものだと思います。スポーツには多くの即興がありますね。例えばサッカーの場合、あるルールの中でインプロビゼーションを行うことになる。大勢の大人がルールを決めてサッカーを行うが、ボール自体はルールに従う訳ではないのでそこには即興が必要となる。頭で考えていることだけではなく、体が動きだすこと。それが即興です。
そういえば、即興について、今朝ラジオでとても興味深いことを耳にしました。ロバート・フリスというジャズミュージシャンが、即興について次のように定義していたのです。「improvisation is the assumption of innocent in the contexts of experience. 」(即興とは、経験の文脈において未経験の憶測)。これはなぜ即興が面白いかについて表現していて、とても興味深いと感じました。文脈は記憶や経験などの保守的な要素で、未経験の憶測は子どもの心です。私は過去50年間、即興をおこなってきましたが、さらに前に進み続けていきたいと思っています。


あなたが振り付けをする際、どのぐらい即興なのですか?
どのぐらい即興なのかというよりも、どのようにして即興するのかが大切です。私は舞台で、色々なアイディアの可能性を科学的に試しているのです。例えば、C.I.では、重さや反射とかをリサーチしてきました。そして、コラボレーションやソロなど様々な形態でダンスを行ってきました。一つの体、あるスペース、ある音楽、ある夜、そこで何ができるのか、について試し続けてきましたが、すべてのことは一回きりの挑戦なのです。
即興を考える際、時間という概念について考えを巡らせることがあるかもしれません。時間をどうみるのかについてはいろいろな哲学がありますが、この瞬間を生きているという事実は変わらない。もちろん過去を背負って未来を予想して生きていくのですが、その間にいまの瞬間を意識できるような訓練が必要だと思います。
SHIFT記事より
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